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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 べるつく 2010/08/28~2010/08/28 |
みなとみらいの施設では街づくりの観点からパブリックアートの設置が推奨されています。普段はあまり気にもとめていませんが、どんなものがあるのか見つけたものを随時追加していきたいと思います。
みなとみらい21(パブリックアート一覧)
http://www.minatomirai21.com/guide/areamap/publicArt.php ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 旅姿 2010/05/02~2010/05/02 |
知人の結婚披露パーティが横浜で開かれた。会場は大さん橋からでる客船の一室。食事をしながら1時間半の港内遊覧を楽しんだあと、近くの赤レンガ倉庫に寄り道し、久しぶりのヨコハマを桜木町駅まで見て歩いた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 横浜臨海公園 2009/03/~2009/07/ |
明治5年(1872年)7月11日に品川-横濱間が鉄道仮開業以来、横浜駅はその場所を3回移動している。
開業当初の横浜駅は現在の桜木町駅前広場付近に所在した事は広く知られているが、2代目横浜駅が旧東急東横線高島町駅付近に存在していた史実は横浜市民と言えども忘れ去られているのが現実です。
明治20年(1887年)7月11日に初代横濱駅から西に國府津まで路線が延長されたが、当時と言えど横濱駅の頭端式スイッチバック構造では運転扱上不便この上も無く常に滞貨の山に悩まされる状態だったが、間も無く日清戦争勃発(明治27年(1894年)7月)と共に軍専用列車運転目的の為に陸軍省は同年9月に初代横濱駅を無視し短路線建設する事で輸送の効率化を謀ります。
此れが現在の路線の原形です。
後に、廃止された神奈川駅から平沼町付近を経由して程ヶ谷(現 保土ヶ谷)に至る新線は陸軍省の依頼で逓信省鉄道作業局が工事を代施行し、同年12月下旬に竣工した。
翌年、日清戦争が終結し短路線は遊休施設化していたが、明治29年(1896年)に陸軍省から逓信省鉄道作業局に対し施設一切を移管し、明治31年(1898年)8月1日から営業運転が開始され、此れ以来、主要長距離列車は初代横濱駅を経由せず短路線を直行する。
短路線上に平沼(ひらぬま)駅が開設されたのは明治34年(1901年)10月10日で、当時の平沼は葦繁る湿地帯上に在り人家も稀で夜ともなると漆黒の世界で時折追剥も出現する不穏な地であり、利便性から横濱市民は長距離列車は従来通り神奈川駅から乗車しており、明治45年(1912年)6月に新橋-馬関(現 下関)間に運転開始された我が国最初の特別急行列車も横濱駅には入線せず神奈川駅に停車した。
大正3年(1914年)12月19日、当時の鐵道院は平行す京濱電気軌道に対抗すべく品川-横濱間を複々線化し品川-高島町間各駅停車列車の線路を1200ボルト電化工事を施工し、神奈川-櫻木町駅間に高島町(たかしまちょう)駅を開設し翌20日より都市間用高速電車を投入し運転開始したが、試運転も無いに均し状態で、いきなり開業本番を迎えた為にトラブル続きで電車運行に支障を来たす深刻な状態となり、止む無く同年12月26日に電車運転を一時中止したが、此の高島町駅こそ2代目横濱駅の嚆矢となる。
大正4年(1915年)5月10日から京濱線電車運転が復活し、同年8月15日に横浜市民の便を考慮して高島町駅にルネッサンス様式煉瓦造3階建の壮麗な建築物と共に開業したのが2代目横濱駅で設計者は東京駅や萬世橋駅と同じく辰野金吾博士が担当した。
2代目横濱駅は1階に出札口と各等待合室が設置され2階に改札口を設置して跨線橋で東海道本線と京濱線各ホームと連絡する現在で言ふ橋上駅構造で当時としては画期的且つ大胆な構造だったが、反面真夏ともなると通風が悪く冷房も無い時代故に駅全体が蒸し風呂状態だったとの古老の回顧も仄聞している。
櫻木町所在時代同様、駅構内では現在も桜木町駅構内で営業する川村屋(かわむらや)がレストランを営業し、浜っ子は市電や人力車で早めに駅に到着し待ち時間を川村屋で食事を済ませ列車に乗り込むと言ふスティタスを確立させていた。
また、同年12月30日に高島から程ヶ谷(現 保土ヶ谷)への貨物専用線が開通したが、駅前を高架線の縦貫構造で昭和4年(1929年)9月16日に廃止されるまで訪横者の目には煉瓦建築物の目の前に高架線が存在し威勢良く黒煙を吐き轟音を立てて走り抜ける蒸気機関車が貨物列車を牽き行き来する姿を目にし奇異さを感じたに相違無かったと思われる。
但し、2代目横濱駅開業と同時に神奈川-程ヶ谷間短路線と平沼駅は廃止される。
2代目横濱駅開業に拠り石崎川を挟んだ駅本屋裏側は何も無い葦そよぐ湿地帯だったが次第に商業地としての形態が整備され平沼商店街(ひらぬま しょうてんがい)が形成さるに至ったが、関東大震災に伴う再開発で駅移転が決定的致命傷となり、現在ではすっかり衰退してしまったが、此の点では、大都市中心部に所在しながら栄枯衰退著しい例として、東京萬世橋駅や大阪湊町駅や片町駅所在地付近に共通する事例と言える。
櫻木町から高島町に駅が移転開業した際に当時の鐵道院が横濱(高島町)-櫻木町駅間の旅客営業廃止を検討していた事は当時の資料を検討する限り事実だったと考えられる。
然るに、当時の横濱駅は市内への入口拠点として駅前から市内中心部に対し市電が開業して輸送を独占状態であり、鐵道院は都市間輸送たるインターバン輸送を主とする指向であれば良く、サバー輸送たる短区間輸送を行う必然性は何ら見出し得なかったものと思われる。
即ち、2代目横濱駅開業と同時に横濱(高島町)-櫻木町駅間の旅客営業形態を現代人の我々から見て極めて驚異に感じるが、朝夕4往復のみの運行に限定した事からも鐵道院の真意の一端が読み取れる。
4ヶ月後の12月30日になり櫻木町駅まで電化区間が延長され電車運転を開始したが、それとて旅客営業継続を積極的根拠が存在したとは傍証に乏しい。
他方、大正7年(1918年)4月1日に横濱-櫻木町駅間の高架化工事が竣工し当時の痕跡は現在でも散見される。
死児の年齢を数えるの例えでは無いが、若し、関東大震災の如き予想外の事態無くば現在でも横浜駅は高島町に設置されていた公算が高かったものと推定される。
更に、平沼商店街は伊勢佐木町や元町と並ぶ横浜屈指の高級志向商店街に発展した可能性が高かったと思われる。
然し、関東大震災で2代目横浜駅は損壊被害こそ免れたが、北港町に所在した米ライシング・サン石油会社所有のタンクが震害で破損しタンク内の石油に引火炎上しながら帷子川周辺流域家屋を延焼させながら同日14時30分頃横濱駅本屋に引火全焼し駅機能が一時的に壊滅する。
震災復興計画の一環として最大懸案事項として当時の内務省建設局は高島町から平沼町浅間下に抜ける新規道路建設(現在の県道横浜生田線)が計画され道路建設上に駅本屋が存在し支障する為に当時の鐵道省に対し2代目横濱駅の撤去移転を打診する。
帝都復興院は神奈川-櫻木町間の旅客営業廃止を前提とする高架線撤去をも横濱市に打診した。
然し、当時の渡邉勝三郎横濱市長は、『横濱ノ現状ニ鑑ミ到底納得デキス受入難シ』として帝都復興院や鐵道省に対し強硬に拒否姿勢を見せ、代案として北港町の米ライディングサン石油会社所有地を横濱市が買上げ此処に新停車場設置を要求する。
此の辺の経緯に就いて国会図書館憲政資料室が保存する当時の内務省対横浜市間交換公文書綴を仔細に検証すると緊迫した遣り取りが伝わる。
当時鉄道の復旧工事は最優先で進められ、全損し一番被害が酷い馬入川橋梁ですら9月6日工事着手にも拘らず、神奈川-櫻木町間の復旧工事開始が12月5日着工を見ても鐵道省が路線廃止に積極的意思を有するのは明白な事実と見るべきです。
横濱市議会と共に横濱市復興会も駅移転に関し全面的に反対し移転賛成要件として、
1)市の脊髄に相当する桜木町通と直線部を位置にする。
2)平沼町は一辺に偏し市の将来の為に海岸位置が効果大。
と結論付けていた。
結局、横濱市の要求が受容れられ、新駅設置まで高島町の現駅で営業後に北幸町付近に移転する事で合意する旨、大正13年(1924年)2月6日附答申に見られる。
因みに、最近公刊された2代目横浜駅に関する最新文献に於ける記述中、横浜駅が高島町から現在位置に移転した最大理由として、駅構内を国道が直角に交差し常に踏切が閉じていた事に拠り横濱市民をして監督官庁たる鐵道省に対する不満反発が存在し遠因だったと称する記述に就いて、然し、実際に該道路、即ち、現在の横浜生田線竣工は横浜駅が現在地に移転後の昭和4年(1929年)1月であり、該論と日時に対する整合性が合わず矛盾する。
震災発生当時は道路自体が存在せず、故に、該記述に関する限り史実に反し、亦事実無根である。
かくて、横濱-櫻木町間は存続が決定し昭和39年(1964年)5月19日に桜木町-磯子間が開通し横浜-桜木町間を含め『根岸線』に分離編入されるまで東海道本線支線として存続する。
紆余曲折しつつ、現在地に昭和2年(1927年)5月24日着工し翌昭和3年(1928年)10月15日に竣工移転したのが3代目横濱駅となる。
京濱線は昭和5年(1930年)1月26日に3代目横濱駅構内から旧高島町に至る連絡線が竣工開通し、此れを以って戦前に於ける鐵道省横濱地区所管路線網が完成する。
然るに、3代目横濱駅開業に伴い、即ち、2代目横濱駅所在地たる現在の西区高島町一帯の衰退をもたらし、同じく、神奈川駅廃止は神奈川区青木橋地区一帯の凋落の原因となった。
尚、本旅行記使用の歴史的写真資料は断り無きものは全部横浜臨海公園個人所蔵品。
表紙は第2代目横濱駅本屋絵葉書
横浜臨海公園 蔵 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 小滝橋通り 2010/08/08~2010/08/08 |
久しぶりに横浜美術館に行って、「ポーラ美術館コレクション展」を見てきました。
クロード モネの「睡蓮の池」の展示もあり、お値段も1300円だったのでかなりお得感がありました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 早島 潮 2010/06/12~2010/06/12 |
横浜美術館での展示は6月13日までなので最終日の前日とあって会場は入場制限する程混雑していた。
http://www.yaf.or.jp/yma/index.php
筆者は平成13年にナポリへ行きポンペイ遺跡を実見している。その時の紀行記には次のように記している。
http://4travel.jp/traveler/u-hayashima/album/10058334/
平成13年11月20日(火)
朝7時頃ローマのホテルを出発してポンペイ遺跡とナポリの日帰り観光に出かけた。約3時間の走行の後ベスビオス火山が見え出した。ポンベイ遺跡に近づいたようである。
ポンペイは古くからオスキ人、サムニウム人という何れも古代イタリア人の一派が定住し、農業、商業、貿易で繁栄していた。ローマ時代には一段と発展し一世紀にはその絶頂に達したが、79年8月24、25日のべスビオス火山の大噴火により全市が噴砂と火山灰で埋没し二万人以上の住民のうち約一割の死者を出した。1738年以来組織的に発掘され、1860年以降は本格的な発掘調査が行われ現在も継続している。
都市は代表的なローマ帝国の都市の姿をどどめており、西南部の二つの広場を巡り公共浴場、劇場、体育場、神殿、市場、バジリカ等が配されている。また、建築、壁画、彫刻、調度品などもよく保存されていて当時の文化水準や風俗、生活の実体を知る貴重な資料を提供している。
ここで印象に残ったのは生き埋めになった人間が火山灰の中で腐敗し骨だけ残った火山灰塊を発掘し、残されていた人型へコンクリートを注入して被害者のコンクリート像を作り展示してあった姿である。説明がなければ人間がそのまま埋もれて炭化したミイラが残ったと思ったかもしれない。窒息死したであろうと思われる苦しそうな表情もよく再現されていた。
また路面に男根を型取って表示されている売娼宿の道標、売娼宿の狭い部屋や石製のベッド、更には部屋の壁に描かれたメニューとしての体位の絵なども残されていて、人類最古の職業と言われるだけのことはあるなとニヤニヤしながら説明を聞いていた。
このあとナポリの町をバスで観光しナポリ港が見下ろせる丘を回った後、ローマへ向かって夕暮れせまる帰り路を急いだ。ナポリは国際的な港町で治安が極端に良くないということで車から降りることは許されず、総て車窓からの観光となった。
海を前面に配し、ベスビオス火山を背景にして、山の斜面へ広がるナポリの町はとても美しい景観を作り出していた。しかし近くを通りすがりに眺めた限りでは建物の壁面の剥落は激しくかなり荒廃が進んでいるなとの印象である。聞くところによるとナポリでは造船に関係して生活している人が多く、造船業の斜陽化と折からの不況の影響でナポリ市内の失業率は50%を越えているということである。そのせいで町も荒れるのであろうか。
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 きっちー 2010/04/17~2010/04/17 |
「春雪が降る!」
昨夜まで、てな天気予報だったので、買い込んだまま、ほったらかしになっている本ども相手に、ゴロゴロ怠惰な1日を過ごす。
もしくは、『のだめカンタービレ~後編~』を観に行く!
(たまきしゃーんvv)
いつもながら、インドアな土曜計画を立てていたのですが・・。
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 べるつく 2009/08/22~2009/08/22 |
2009年に開港150周年記念として整備されたのがこの象の鼻パーク。開港記念会館やマリンタワーと並ぶ節目の年に整備されたハードしてこれから市民や観光客に親しまれていくことでしょう。
象の鼻パーク(横浜市港湾局)
http://www.city.yokohama.jp/me/port/general/zounohana/
象の鼻テラス
http://www.zounohana.com/ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 べるつく 2008/12/21~2008/12/21 |
鉄分の濃い方にはぐっとくるかもしれない遊歩道、それが汽車道(きしゃみち)。
廃線跡を遊歩道やサイクリングロードにした例は全国にたくさんありますが、ここはみなとみらいの景色を楽しめるという点でポイントアップです。赤レンガから山下公園へとつづく臨港線プロムナードとあわせてどうぞ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 kunyos 2010/01/22~2010/01/22 |
今日は天気が良く、暖かいので散歩がてらミナトの方にいってみようと思いついた。
昼食後すぐ行こうと思ったが、ぐずぐずしているうちに、家を出るのが14時40分くらいになった。
まず、港の見える丘公園まで行って、あとは気分次第で決めることにした。
結局、元町中華街(下車)→港の見える丘公園→外人墓地→元町→山下公園→赤レンガ倉庫→みなとみらい→桜木町駅のコースを歩いた。約2時間ほど歩き、桜木町に着くころは完全に陽が落ちてしまった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 空飛ぶドクター 2009/12/09~2009/12/17 |
【各地へ移動の日】
昨夜熱発の女生徒は翌朝の水曜日も 38.5℃ あり、いよいよかろうじて準備してきた簡易インフルエンザ検査キットで検査しました。昨夜検査しなかったのは、熱発して24時間くらいたたないと、早過ぎて検査に引っかからないことがあるからです。今年は、新型インフルエンザ騒ぎで簡易検査キットも品切れ状態で買いそびれました。私は開業医の友達からかろうじて3セットだけもらってきました。この生徒の結果は予想通り陰性でした。でも、まだ熱があるのでホストファミリーへの移動はできず、午後関係者が近くの病院の内科へ連れて行きました。これは、後日ファックス等でデータ、診断書をもらったのですが複雑な心境になりました。
内科では、胸のレントゲン写真を撮り異常なしだったそうです。インフルエンザ検査はもちろん陰性。血液検査で白血球が約 1.5 万と上昇し、CRP も 4.5 と上昇。そして、診断名が「cystitis」つまり「膀胱炎」で、クラビットというよく使われる抗菌剤が処方されたそうです。私は苦笑いしました。明らかに、内科医は間違っています。泌尿器科専門医の私はよく経験しています。定義から言っても、「膀胱炎」は発熱しません。発熱するのは、もっと重症な「腎盂腎炎」です。たぶん、検尿で「見かけ上の異常」があったのです。しかも、若い女性なのに排尿痛も頻尿も側腹部痛も訴えていないのです。症状は発熱と鼻水です! あり得ません。検尿の「見かけ上の異常」と言うのは、おちんちんのない女性は検査の排尿時に「おりもの」が混ざることがよくあり、雑菌や白血球が混ざるのです。実際に生徒を連れて行った女性は「膀胱炎でも熱が出るのですか?」と聞いたそうで、そしたら「そうです。」と医者は答えたそうです?!
まぁ、それはともかく、私の方は予定通り午前中の新幹線に乗り、博多支部への生徒たちなどと一緒です。普段はお土産など買わない私ですが、娘に頼まれていたので3つも大きめのもみじ饅頭を買いました。家族と会う前に不安がって泣いている女生徒がいます。中肉中背なのにニックネームが「リトル」と言うので、何故と以前に聞いたら「ニュージーランドの私の学校では私はチビだから。」と答えた子です。笑ってしまいました。確かに、ニュージーランド人にしては小さいのでしょう。何故か、彼女は事前に家族の詳細な書類を受け取ってないらしいので、慌てて私が支部長へメールし最低限の情報を伝えたら、少しは安心したようでした。博多駅で支部員と合流した私は、そのまま博多支部のオリエンテーションに参加しました。
翌日の木曜日、福岡へ戻った私はのんびりしましたが、残務処理があります。まず、ピンぼけた診断書を受け取ったニュージーランドの生徒は 36.2℃ に熱が下がったということで、夕方にはホームステイ予定の名古屋へ一日遅れで合流させるということです。私の思っていた通り、「風邪症候群」程度なのですぐに熱も引いたのです。
ずっと高熱のインドネシアの生徒は昨日もこの日も同じ病院へ行かせて入院させてもらおうとしたのですが、空きベッドがないらしくナースを付けて帰国させたらと言われたそうです。結局、2日後の土曜日に帰国させることになりました。オーストラリアの EJ 組に同行したナースはパスポートの有効期限の残存期間が少ないということで無理で、発熱だけなので私の判断で添乗員の女性(病院へ連れて行ってくれた人)が同行して飛行機に乗ることにしました。
【博多支部にて】
これは、本来の全体の JENESYS のプログラムではありませんが、ローカルには各地で色々な形で留学生の歓迎会などを催したりしたはずです。私の所属する博多支部では、木曜日と金曜日に私立の西南高校への体験入学をさせました。そして、13日の日曜日、博多支部の10周年の記念パーティが盛大に行われました。もちろん、10名の JENESYS 生とオーストラリア人の日本語の上手な引率の先生、年間留学生の3人(コスタリカ、ハンガリー、ロシア)も家族とともに出席しています。アメリカ大使館主席公使のジェームズ・ズムワルト氏の講演がメーン・エベントです。彼はAFS生として日本へ来ていますし、もちろん流暢な日本語での講演でした。いつも留学生をお願いしている九州女子高の津軽三味線の演奏もありました。この学校は福岡にあるのに、昨年の青森での全国大会で優勝しているレベルの高い演奏でした。ちなみに、女子ソフトボールのオリンピック金メダリスト上野投手の出身校としても有名な学校です。
【後半の関東再集合】
14日の月曜日、各地でのホームステイを終えて留学生が再集合する日です。私は博多支部の生徒らとともに、福岡空港を13時の便で羽田まで行きます。いつものことですが、たった1週間の滞在でも、生徒もホストファミリーも涙のお別れです。同じ飛行機に乗る予定の福岡支部の生徒が一人、家族に新型インフルエンザが出て、いわゆる濃厚接触者ということで要注意です。しかも、37.1℃ですが微熱があり不気味です。私は各地でインフルエンザをもらってくる可能性を心配しています。全国で20くらいの家族に新型インフルエンザ患者が出て、ホストファミリーを辞退し、慌てて代わりの家庭を探したとも聞いています。羽田空港からは、新横浜プリンスホテルへバスで直行です。このホテルは圧巻です。唯一、660名全員が同じホテルです。そのせいか、どんどん患者がやって来ます。
ホームステイ先で歯の治療を受けたけど、左の頬が腫れているという女生徒が来ましたが問題なさそうで、経過観察のみです。前日、支部でホストマザーの車で追突事故に合ったという女生徒が来て、少しむち打ち症状があります。関係者が支部に問い合わせますが、すぐには連絡がつきません。これは保険のこともあるので、一度病院へ行かせた方がいいでしょう。2日後に発表のあるオーストラリアの男子生徒が 38℃ の熱と喉の痛みと鼻水で来ました。半年前にメルボルンで新型インフルエンザ様の症状があったそうです。でも、インフルエンザの検査はしてくれなかったようです。治療もタミフル等は使わなかったようです。それに、今回オーストラリアの生徒は全員無料でワクチンを打って来ています。ですから、この子はまずインフルエンザの心配はありません。こういう生の情報はなかなか日本には入りません。医者としての私のスタンスは、オーストラリアの医者、医療対策に近いです。たぶん、今年の新型インフルエンザ「から騒ぎ」で、日本は簡易検査薬と抗ウイルス薬タミフルを世界の中で異常に多く使っているはずです。細菌に対する抗生物質の使用量も日本は突出しています。でも、医療用のモルヒネだけは、先進国の中で断トツに少ないようですが。
結局、この日は寝る前までずっと忙しかったのですが、数えて見るとやはり最高で一日で27人も診察しています。やはり660名全員がそろっているせいもあるのでしょう。
【いよいよ成田のホテルへ移動】
翌日は横浜観光です。但し、EJ 組は江ノ島、鎌倉観光のようで今夜のホテルも入国時同様、日航成田ホテルです。私が同行している CM 組は来日時と同じ成田マロードホテルです。
この日は、CM4 のバスで同行しました。まずは、三菱みなとみらい技術館です。ここは、観光地と言うより文字通り学習ツアーでした。次に、氷川丸見学の予定でしたが、CM 14 のニュージーランド女子生徒が右膝打撲で歩けないと泣いている、と電話連絡あり、そのまま技術館で待つことになりました。実は、氷川丸は AFS の初期の先輩が飛行機でなく、船で2週間かけて米国西海岸へ行っていたというのを知っているので、非常に興味があったのですが、仕事ですから仕方がありません。
CM 14 のバスが着くのを待って、バスに診察に行きました。バスの運転手が気にしていましたが、急ブレーキを踏んだりはしていないようでした。とにかく、乗車中に右膝を打撲したようです。触らせてくれないし、2ヶ月前に痛めたとかどうとか言いますが、詳細は聞き取れません。骨折はなさそうだし、あまり心配はしませんでしたがどうしようもありません。関係者と相談して、夜のホテルに近い成田の病院にタクシーで連れて行ってもらうことになりました。夜ホテルで確認したのですが、やはり打撲のみで大したことはなさそうでした。英文診断書をもらったのですが、傑作でした。失礼ながら、その整形外科の開業医の先生は英語が苦手らしく、診断名に「hit right knee」と和製英語そのもので書いていました。たぶん、「右膝打撲」という意味でしょうが。
それ以降は CM 14 のバスに同行し、昼食は横浜中華街の四川料理の重慶飯店でした。ちょうど私の好きな辛い四川料理です。私の円卓に学生ボランティアが二人ほど遅れて来ました。メニューによっては、もうかなり皿が空っぽです。優しい私は機転を利かせ、他の円卓を回り食べ残しがたくさんある大皿を運んで来てあげました。午後は有名な東京アクアラインの海ほたるに立ち寄り、そのまま成田へ向かいました。ここでは、みんなお土産を買ったり、アイスクリームを食べたり、写真を撮ったりしてゆっくりくつろげました。インドの先生なんかここが最高の景色だと感激していました。
昨夜発熱したメルボルンの生徒は病院へ行かせましたが、やはりインフルエンザの検査は陰性で、熱も夕方には下がっていました。虫歯で左頬が腫れていた生徒は、念のため耳鼻科へ連れて行ったようでしたが、やはり問題ないと言われたようです。濃厚接触者ということで心配していた福岡支部の男子生徒は熱もなく今日は元気そうで一安心です。
【波乱の最終日】
翌日、水曜日は全員が代々木オリンピックセンターへ集まり、大ホールでの CM 組の JENESYS 感想会と小ホールでの EJ 組の JENESYS 感想会です。出発前の朝食会場は珍しく暇でした。つまり、生徒が患者としてほとんど来ないのです。こんな日は珍しいのです。関係者の一人が「嵐の前の静けさ」と不気味がっていましたが、当たってしまいました。今日から国別のバスで、ニュージーランドのバスを降りて会場に着いてみると、大ホールとは私が毎年日本旅行医学会の総会で来る会場のことでした。昼の弁当は各自ホールの建物周辺の空き地で食べます。同じ会場なので、EJ 組の病人の診察に何度か呼ばれました。
感想会は午後1時から始まりました。私の補佐に AFS 職員が一人付いてくれて、2ヶ所の会場を効率よく回りました。まず、小川理事長の挨拶を大ホールで聞いて、次に小ホールでの EJ グループの生徒たちの感想(英語で EJ achievement presentation)を聞きました。こちらは全員オーストラリア人です。中には、流暢な日本語で発表する生徒もいました。ステージ場での7人くらいの発表と別に、フロアからの気さくな発表もたくさんありました。印象的だったのは、以前に日本に来たことがある生徒で、今回も同じような旅行のつもりだったら全然違っていたと感心していました。ただの観光旅行ではなく、多くの日本的な体験をし、各地のホームステイ先で日本の普通の生活を体験できたようです。
途中で、大ホールに戻りました。こちらは CM 組で各国順番に代表の男女二人組で感想を発表していました。あいうえお順で、インド、インドネシア、オーストラリア、タイ、ニュージーランド、フィリピン、マレーシアです。外務省の関係者も来られています。各国の生徒たちは夫々、この素晴らしい体験に丁寧に感謝の気持ちを表し、日本政府や AFS のスタッフや全国のホストファミリーやホストスクールへ感謝し、具体的な体験談を披露しました。そして、休憩をはさんでいよいよ EJ 組が大ホールに合流し、今回始めての全員合流での JENESYS 大交流会です。広島では、せっかく市長さんの平和への熱いメッセージもあったのに、EJ 組は別のプログラムでした。
休憩中に座る場所を移動すると、AFS福井支部長の女性が見学に来ていました。名前が有名な芸能人と同じですぐに覚えました。北陸の福井なので、私が金沢大学で6年間過ごしましたなどと話題をのんきに提供していました。ところが、しばらくすると彼女が私に ESS の先輩だと言うのです。彼女は教育学部で金沢大学の後輩で、同じ ESS のクラブにいたというのです。奇遇です。それで30年以上も前の懐かしい共通の友人などの話をしました。
それから、全員集合の大交流会で、外務省の来賓の挨拶などの後、徐々に盛り上がってきました。何せ、660名の一体感です。最後に昨年同様、AFS事務局長よりこのプログラム中の健康管理に貢献したということで、医者の私が紹介されステージに上がって軽く挨拶しました。今年は、前半同行してくれたナースも同様にステージに上がり挨拶しました。そして、会が終わった後も理事長や事務局長と一緒に多くの生徒と写真に納まり楽しんでいました。
ところが、お祭り気分はそこまでで、ニュージーランドの女性徒が悲鳴を上げ、泣き叫んでいます。このサモア系の生徒は何度も診察しています。元々、左膝を痛めていて足を少し引きずっていました。この最後の盛り上がりの最中に男子生徒にぶつかり、はずみで強く左膝を打撲したのだそうです。鎮痛剤を渡そうとしましたが、それどころではない雰囲気です。じっと痛みとそれによるヒステリーを自分で抑えている様子でした。医者の私も何もできず手を握って見守るのみでした。結局、夕方ですし専門の整形外科医に診てもらうために、救急車を呼ぶことになりました。後で報告を受けると、やはり骨折等はありませんでした。専門医に診てもらって安心したのか、夜ホテルに戻った頃には笑顔が戻っていました。
まだ続きます。それで遅くなった私を待っていたニュージーランドバスは予定より大分遅れて、成田のホテルへ戻るため代々木を出発しました。しばらくすると、昨日の右膝打撲の女性徒が再び突然膝が痛いと泣き出しました。昨日、整形外科医に診てもらっているので、余り心配しませんでした。急に痛みが再発する原因も思い当たりませんし、先程のもう一人のヒステリーが伝染したのだろうと。とにかく、鎮痛剤を飲ませました。ところが、ホテルへ帰ってしばらくしても痛みが治まらないと言うのです。仕方がないので、再度救急車で近くの病院へ行かせました。半月板を痛めているかもしれないということでしたが、シーネ固定等していないので大したことはないはずです。こうして、最後の夜まで大変でした。彼女に同伴して病院へ行ってくれたニュージーランドの男性教師とコーヒーを飲みながらのんびり話しをしました。慣れない私には訛りがひどいのですが、ゆっくり話してくれるので何とか理解できました。
翌日の木曜日はいよいよ各国へ生徒が帰って行きます。昨夜のように、最後の最後まで何かあるかもしれないと構えて朝食会場に待機していましたが、不思議なくらい一人の発熱者もなく暇でした。私も成田から福岡への直行便で帰り、長い2週間の仕事が無事終了しました。幸い、昨年に続き今年も一人もインフルエンザは発生しませんでした。もちろん、運がいいのですが、早目に医者の私が対症療法で生徒の体調を管理しているので、体力の低下に付け込むインフルエンザなどの予防に少しは貢献したと自負しています。
昨年は数が多いオーストラリア人との交流が多く印象に残ったのですが、今年は患者に関してもニュージーランドの印象が強かったです。ついでに、フィジー、サモア、トンガなどの太平洋の島々からの移民が多いことにも気づきました。それでも70%は白人らしいですが。その他、多くの生徒の印象に残ったことの一つが、日本のトイレのウォシュレットのようでした。それと時間に規則正しいことにビックリしたようでした。
この仕事は私には天職のように思えてきました。今から伸び盛りの国々のエリート高校生たちです。彼らは数十倍の競争率の試験を受けて憧れの日本へやって来たのです。きっと、彼らは今回の体験で日本のファンになってくれます。今年は民主党の事業仕分けが話題になりましたが、私はこういう国際交流は非常に大事だと信じています。韓国の大企業、サムソンでは「地域専門家制度」といって将来を嘱望される若手が世界各地で1年間自由に過ごし、言葉を学び文化や習慣を理解するそうです。もちろん、世界各地での将来のビジネスのために。まさに、AFSなどの高校留学と同じ目的です。異文化体験です。米国の IBM も CSC(corporate service corp) という海外支援チームを設立し、新興国や発展途上国への社会貢献と人材育成を兼ねているそうです。メンバーに選ばれるには異文化への適応力も大事な要素で、もちろん彼らは次世代の幹部候補だそうです。これも、まさに AFS のコンセプトと同じです。私の個人的な意見では、今の日本の不況はこういう人材が少ないことと密接に関係していると思うのです。
(終わり)
私は、日本で唯一の「旅行添乗専門医」です。「空飛ぶドク
ター」として商標登録しています。
興味のある人は私のウェブサイトを参照して下さい。
http://www.kanoya-travelmedica.com
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 旅2旅 2009/10/17~2009/10/17 |
先日、横浜美術館周辺を散歩いたしました
美術館は今年20周年・・・思えば、平成元年に
出来あがっていたのですね~
当時、横浜には美術文化の振興が遅れているのでは
と言う声が揚っていた頃・・・あの埋立地に
美術館がポツンと建てられ、周囲は荒れ野原
・・・この美術館横浜市の人口約360万
建設総工費も360億・・・貯蔵作品360億とか
噂があった!20歳になったのですね・・・
その記念企画展が<束芋>=Tabaimo=面白そうですよ!
強風の吹き付ける野原だったのに・・・洗濯物を
干してる風景も私は好きです
http://www.fujitv.co.jp/events/art-net/go/333.html ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 キャプテンK 2009/08/14~2009/08/14 |
はるかエジプトへ
その昔、紅海レッドシーにダイビングに出かけた頃
古代都市の海底遺跡発見のニュースがあり、限定水域でのダイビングも可能な情報も
ただし透明度はすこぶる悪く、バディのフィンが見えるかどうからしい
あれから
海のエジプト展 http://www.asahi.com/egypt/outline.html
海底からよみがえる、古代都市アレクサンドリアの至宝
横浜中華街
8月14日は
関帝誕 2009歳次巳丑年
関帝廟から祭事がはじまります
http://www.chinatown.or.jp/news/kanteitan09.html
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 旅2旅 2009/09/25~2009/09/25 |
<日本の抒情をうたう>ということで
結構、高齢者の歌声を拝聴に(私も同じ高齢者)
横浜みなとみらいホールへと出掛けてきました
小中学生の頃に、唄っていた記憶の有る歌ばかり
懐かしいけど・・・唄う方々がなにせ高齢者!歌にイマイチ
張りと艶がないのは仕様がないかにゃぁ~皆さん、生甲斐
求めて頑張ってる・・・私は、一人カラオケがいい
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=35.46378780365454&lon=139.62586363508922&z=17&mode=map&pointer=on&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=35.45210365039&hlon=139.6299727793&layout=&ei=utf-8&p=
早めに退散し・・・ランドマークから美術館・<いちょう通り>
を抜けて★日産ギャラリー★へと出ました
この日産本社・・・確か5年ほど前から建設
やっと出来あがったのですね! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 Cobra 2009/09/19~2009/09/19 |
あっ、海のEgypt展が終わっちゃうじゃん。じゃ、行ってみよう。
でも、写真撮影は禁止だろうし、連休で混雑しているだろうし・・・・・。
写真が残せず、旅行記にもならず・・・・・。(T_T) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 敏じぃ 2009/09/13~2009/09/13 |
この日はKSSCのウォーキングがありましたが、私は11時までテニスのため参加できませんでしたが、楽しい仲間と一杯やりたかったので反省会?だけ参加させてもらいました。
その前に横浜カメラ散歩を楽しみました。
ところで反省会の会場、味奈登庵本町店、サービス最悪でした、従業員に笑顔が全く無いのです、残念なので本部にクレームをつけました。
その返事が本部からきましたので紹介します。
味奈登庵 本部の00と申します。
この度は当店をご利用いただき、また貴重なご意見を賜りまして
誠にありがとうございます。
折角のご来店にも関わらず、当店スタッフの至らない対応により、XX様ほかお連れ合いの皆様に大変不愉快な思いを与えてしまい、誠に申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます。
接客サービスにつきましては、日頃より重々指導しておるつもりですが、本件につきましては、接客技術云々以前の、サービス業に携わる者として到底許されない態度であり、基本中の基本の心構えの欠如と言わざるを得ません。本人にはあらためて店長より厳重に叱責、指導させていただきます。
安くても美味しく、ボリュームがあり、かつ明るく元気で歯切れの良い接客対応。これを常に追求しつづけるのが味奈登庵の存在意義である、と考えておりますが、まだまだ到底至らない点があることを、本部としましても痛感させられました。
本部責任者といたしまして、重ねて深くお詫び申し上げるとともに、今後二度とこのようなことのないよう、経営陣とともに、継続的に店舗スタッフとしての自覚と意識の改革、接客対応の教育に努めて参ります。
XX様、どうかこれに懲りず、またお近くにお寄りの機会がございましたら何卒またご来店頂けましたら幸いでございます。
取り急ぎ、メールでのご連絡で誠に恐縮ではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます。以上名前以外は原文のまま
まあ横浜の住人ですからまた寄ってみようと思っています。
チェーン店は店舗数が増えるほど初心が希薄になってゆくのが普通です。初心を忘れずに頑張って欲しいと思いました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 ちゃみお 2009/08/08~2009/08/08 |
8/8から夫の実家(栃木)へ帰省しました。
毎年お盆休みには帰省しているのですが、今年は4月に両親を広島に招待したばかりだったので帰省せずにどこかに旅行しようかと考えていました。
ところが6月のある日、TBSの「世界ふしぎ発見」を見ていて「海のエジプト展」というのが横浜で始まる事を知りました。
番組を見ていると、どうしても本物が見てみたくなりました。
横浜なら帰省する途中で行ける!と思い、すぐに飛行機を予約し帰省する事に決めました。
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 おもち 2009/06/28~2009/06/28 |
アレクサンドリアの海底で永い眠りについていた
エジプトの至宝に逢いに行ってきました。
アレクサンドリアはアレキサンダー大王が建設した都市で
古代エジプト最後の王朝、プトレマイオス朝の首都でした。
★おもちのアレクサンドリア旅行記です。
(全く参考にはなりませんが^_^;)
http://4travel.jp/traveler/sissi714/album/10113
★「海のエジプト展」公式サイト
http://www.asahi.com/egypt/ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 旅2旅 2009/07/06~2009/07/06 |
昨年の8月に会って、この7月・・ほぼ1年ぶりに
再会した、私がとても恩恵をうけた知人は、結構特異な
経歴の持ち主・・・東京都の職員を退職、児童画の研究
を始めたのです・・奥様とは、幼稚園・保育園を回って
指人形・紙芝居を!子どもが大好きなのです・・暫くして
彼は<指圧師の免許>を取得!その目的は、脊椎の障害・
脳の障害を持つ子どもの役にたたないものか!という
<指圧を通しての能刺激>・・・これが、今多くの障害を
持つ子どもを救おうとしている・・・不断には簡単には
気がつかない効果を現して来ているのだと言う
子どもの肉体は脳神経と深い関連があるのです・・・
その方K・K氏と横浜美術館を訪れて<フランス絵画展>を
鑑賞・・・その足で、野毛の一杯飲み屋さんへ
知らぬ間に6時間も二人には、時間が流れていた
児童の描く絵の意味とは、色を選ぶとは、画用紙に描かれた
象徴性の意味とは・・・などと話し
最初の画像はフランス絵画1850年代のものです
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 にゃんこ姫 2009/06/26~2009/06/26 |
アレクサンドリアの海中から引き上げられた
海中遺跡を展示した「海のエジプト展」。
主催の新聞社企画の、「開催前日の特別鑑賞
ツアー」に参加しました。
今回は、それに加えて、「横浜三渓園」と
「横浜中華街」での昼食・散策が
含まれているのも魅力です。
「三渓園」の散歩ならぬ競歩(笑)を終えて、
いよいよ主目的の「海のエジプト展」へ。
途中、横浜の市街をバスで通りながら、
「開港150周年」に沸く風景を車窓より
楽しみました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() みなとみらい・桜木町 マキタン2 2009/06/09~2009/06/09 |
横浜赤レンガ倉庫(よこはまあかれんがそうこ)は、神奈川県横浜市中区新港一丁目の横浜港にある歴史的建築物の愛称であり、正式名称は新港埠頭保税倉庫である。
2号館は1911年(明治44年)、1号館は1913年(大正2年)に竣工。保税倉庫としての役割は1989年(平成元年)までに終え、しばらく放置されていた。2002年(平成14年)に、1号館は展示スペース、ホールなどの文化施設、2号館は商業施設となり、付近一帯は広場と公園を備える赤レンガパークとして整備され、横浜みなとみらい21地区の代表的な観光施設となっている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
横浜赤レンガ倉庫については・・
http://www.yokohama-akarenga.jp/index.html
横浜港については・・
http://www.yokohamaport.org/portal/
http://www.city.yokohama.jp/me/port/
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